語学学習で目標にしてはいけないこと―「ネイティブを目指すこと」

外国語を外国人と同じ程度に身につけなければということを、もし自分の生涯の目的にしたとしたら、その人は一生幸福になれません。
―鈴木孝夫『あなたは英語で戦えますか: 国際英語とは自分英語である』より

少しずつではありますが、英語の勉強を地道に続けています。

思えば私が「英語の勉強」を開始したのは、学習塾でアルファベットから英語を習い始めた小学5年生のとき。以来、今日まで16年近く勉強を続けていることになります。

その英語の勉強に対する考え方が、この数年で大きく変わったと感じています。きっかけは、「ネイティブを目指すべきではない」という、それまでの意識とは全く逆の気づきでした。

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海外の非ネイティブ英語話者に学ぶ、「なまり」に対する考え方

もちろん以前から、そう簡単にネイティブ並の英語力になれるとは思っていませんでしたが、どこかで「ネイティブのようになりたい」と夢見ながら勉強しているところがありました。

そんな私の考えを揺さぶったのが、YouTubeで英語レクチャー動画を配信しているChikaさんの、以下の動画でした。

動画の中で、Chikaさんはアブダビ出身の女性に「非ネイティブとして英語を話すときに、間違いやアクセント(なまり)を気にしますか?」と質問しています(3:25あたりから)。

すると彼女は、自信に満ちた表情で以下のように返しています。


「私はアメリカ人でもイギリス人でもない。私がもし彼らのように英語を話したら、それは私ではない。私の発音はうまくないし、アクセントがあるけれど、それは私のアイデンティティーの一部だ」
と。

同席しているオランダ人らしき男性も、「アクセントは自分のルーツを表すもの」と、「非ネイティブ故の英語の特徴」をポジティブにとらえています。

ネイティブを目指さなくていい

それまで私の中には、「自分の英語をできる限りネイティブに近づけたい」「”日本人英語”にならないように気をつけたい」という思いが当然のようにありました。

でも、そのような考え方で語学学習に取り組むことは、プロの通訳者のような職業を目指す人ならばいざ知らず、自分のようなせいぜい中級レベルの学習者にとってはむしろ上達の足かせになるということに気づきました。

理由は以下の2つです。

まず、冒頭で引用した鈴木孝夫氏の言葉が示唆するように、ほとんどの学習者にとって外国語をネイティブレベルで習得するということは、生涯かけて取り組んでもなかなか到達しえない非常に難しいことだということ。

にも関わらず「ネイティブレベル」を(無意識にせよ、意識的にせよ)目標としてしまうと、遠すぎて高すぎる目標のために「一生幸福になれない」ということになってしまうのだと思います。

ネイティブを目指さなくていい理由の2つ目は、Chikaさんの動画に出てきたような、「非ネイティブ性は自分のアイデンティティーの一部である」という考え方こそ語学力の上達に寄与するということです。

日本生まれ・日本育ちの英語学習者の英語が「日本人っぽい」のは当然のことです。それなのに「”日本人英語”はダメだ」と過敏になってしまうと、上達に不可欠なアウトプットが抑制されてしまいます。

「非ネイティブ性を自分のアイデンティティーとして受け入れる」という態度は、一見「開き直り」や「諦め」のように感じられるかもしれません。

しかし、逆説的なようですが、「ネイティブみたいになりたい」と思って勉強するよりも「私は現時点ではネイティブらしくなくて当たり前。日本人なんだから」と考えた方が、積極的なアウトプットに繋がり、結果としてネイティブの英語力に近付いていくのではないでしょうか。

動画に出てきたように、会話力のつたなさや日本人なまりを「気にしない」というだけでなく、「2つの言語を話せること、ネイティブとは違う英語を話せることは素敵なことだ」と考える姿勢はとても前向きで、「地道な努力が得意で勤勉なのに英語力が低い」と言われる日本人に、もしかしたら唯一足りないものなのかもしれないと思いました。

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