「みんなやってるんだからあなたもやって」という、首を絞め合う行為

前回の記事で、退職したことをご報告しました。

その前職であったことです。

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苦しみの連鎖を止めるには?

程度の差はあれ、同様のことはあちこちで起こっていると思います。なぜ「みんな自分と同じように苦しんでほしい」と思ってしまうのでしょうか?「イエスしか言えない空気」を私が壊したのに、彼女たちはむしろ「皆がイエスしか言わない環境」を求めているようで困惑してしまいました。

そして、国際的に活躍するコンサルタント・今北純一さんが著書『自分力を高める』に書いていたことを思い出しました。

今北さんは、かつて日本の会社で働いたとき、同僚の新入社員とともに上司に集められ、上司から「お前たち理系は~だからいけないんだ」と、理不尽な「理系非難」をされたそうです。これに対し今北さんは、そんなことを言う方がおかしいと反論します。

今北さんははっきりと意見を言えた自分に満足し、同僚からも称賛されるだろうと考えたそうです。しかしその後同僚から浴びせられたのは、拍手ではなく「なぜあんなことを言うんだ。自分たちまで上司から睨まれるじゃないか!」という非難でした。

正々堂々と、おかしいことをおかしいと言う。権利を主張する。そういうことをしたときに、「けしからん!」と言い出すのが「理不尽を強要しようとしていた権力者」ではなく「理不尽に耐えてきた弱者」であるというのは、どういうことなのでしょうか。

どうも 彼らの中には「苦しむならみんなで」「みんなで同じ苦しみに耐えるのであれば我慢できる」「反論して波風を立てるくらいなら、緩慢な苦しみに耐えている方が楽」という気持ちがあるように感じます。

でも、その苦しみ自体を取り除いた方が絶対にいい。時に議論し、交渉し、反論し、波風を立てることになるかもしれないけれど、そうして個々人が「嫌なものは嫌!」と声を上げた方が最終的には全体が幸せになれるはずです。

誰も得をしない「首を絞め合う行為」に加担することがないように、気をつけていたいものです。

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