同期で飲まない方がいい理由

会社員だったころ、私が同期と飲みに行った回数は2回だけでした。

1度目は入社直後に行われた、同期の新入社員全員での飲み会。2度目は私が退職する日に開かれた、私の送別会です。自分の時間の優先度が高かった私は、それ以外の飲みの誘いは、丁重にお断りしていました。

つまり私は退社日の夜に初めて、業務に就き始めた後の同期の人たちと一緒に飲みに行きました。

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「同期飲み会」は結構楽しい

飲み会があまり好きでない人であっても、「同期だけでの飲み会」というのは例外的に、結構楽しいものです。気をつかわなくてはならない先輩社員がいないので、みんなリラックスして、日頃会社では言えない愚痴や不満、悩みを気がねなく打ち明けます。

「ああ、結構楽しいな」と思いながら、私は、「今までこういう飲み会を断ってきて、やっぱり正解だったな」と思いました。矛盾しているように思われるかもしれませんが、今でも本当にそう思うのです。

「みんなも頑張ってるんだ」という洗脳

同期で飲んでいると、それぞれがいろいろなストレスに耐えながら働いていることがわかります。

「私の上司はこんなひどい人で…」「俺なんて、こんな理不尽な目に遭って…」と、彼らのいろいろな苦労話を聞くと、「みんな頑張ってるんだなあ。つらいのは私だけじゃないんだなあ」と思えてきます。

問題なのは、「だから私も頑張ろう」につながってしまうことです。

人間は自分を周りと比較してしまうものなので、たった一人で10キロの重りを持ち続けるのはつらいけれど、周囲に20キロの重りを持たされている人々がいたら、10キロで済んでいる自分を「幸せ」と感じるようになります。

同期という自分に近い仲間たちが、自分と同じように、あるいは自分以上に苦しみながら頑張っている姿を見ると、「みんな頑張っている。だから自分も頑張ろう」と思ってしまいそうになる。

たった1回、業務に配属後の同期との飲み会に参加しただけで、その「洗脳」の可能性を感じました。定期的に同期と飲むことを繰り返していたら、そのたびに会社をやめることを思いとどまっていたでしょう。「みんなつらいんだから、私ももう少し我慢しよう」と。

でも、そもそも自分が「つらいか、つらくないか」「ここでもっと頑張るか、頑張るのをやめるか」は、人と比較して決めるのではなく、自分自身の基準にもとづいて決めるもののはずです。

ほかの人が自分より苦しかろうと、楽だろうと、自分がつらいと思ったらつらいのです。

人生の大切なことを決めていくときには、自分自身の心としっかり向き合わなければなりません。そのときに、「大変だけど頑張っている、これからも(何も変えずに)頑張り続けるつもりの同期」の言葉は、自分を惑わすノイズになる危険性があります。

自分の人生を生きるためには、有益な意見や助言とノイズを主体的に判別し、ノイズ発生源となりがちな人や場所からは、そっと距離を置くことが大事だなと思います。

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