「気持ちでいいのよ!」と言ってモノを要求する人たち

以前勤めていた幼稚園でのお話。

主役の都合を聞かずに歓迎会の日程を決めちゃうとか、職員の休日の活動にまで口を出してくるとか、突っ込み所は山ほどあるのですが…

マンガを描いていて「そういえば…」と思い出したことが。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

「気持ちだから、モノを贈れ」という意味不明さ

先輩職員から「歓迎会のときには職員へのプレゼントを用意するように」と言われたときに、私が驚いた様子を察知してか、彼女は「あ、ちょっとしたものでいいのよ、ほら、気持ちだから!」と言っていました。

日本ではお土産だの内祝いだの心付けだの、気持ちをモノで表す慣習が色々あります。そういう慣習をすっ飛ばそうとしたら、年配の方から「そういうのはやっとかなきゃダメよ、気持ちなんだから!」などと言われることもあります。

でも日本人は「気持ちでいいの」と言いつつ、気持ちじゃダメなんですよね。

「ほんの気持ちでいいんだから!」と言うのなら、ほんとに「気持ちだけ」でいいんじゃないの?モノはいらないんじゃないの?と思うのですが、「文字通り、気持ちだけ」ではダメらしいのです。モノに気持ちを添えなきゃいけないらしい。

「気持ちだから(モノを)受け取って」?

それだけではなく、逆に「気持ちだから受け取って」と言ってモノを贈りつける人もいます。これは害がないようでいて、結構迷惑なことだなと思います。

しきりに「気持ちだから!!」と強調してモノを渡そうとする人がいますが、それ気持ちじゃありません。モノです。

この「気持ちだから!」というセリフ、とても不思議に思います。英訳しようにもちょっと難しい。日本語独特の表現なんじゃないでしょうか。単に「私の感謝の気持ちです」というのとも違う、何だか少し切迫したような、「受け取ってもらわなきゃ私の立場が」みたいな思いを感じて、どことなく負担です。

この「気持ちだから!」には、「私の喜んでもらいたいという気持ちを受け取ってよ!」という思いや、「受け取ってもらえれば、私の気持ちが楽になるんだから!」という、渡し手の事情による自己中心的な感じを受けてしまいます。

が、受け手の気持ちはどうなるのでしょうか?「気持ちだから受け取って」って、かなり厚かましいセリフではないでしょうか?

「ほんの気持ちでいいんだから」の本心

さて、「ほんの気持ちでいいんだから、贈り物をしなさい」と言うときの「ほんの気持ちでいいんだから」は、実際どういう意味なのでしょうか。文字通り「ほんのちょっと感謝の気持ちを持つこと」などではないようです。だって、モノを要求しているのですから。

思うに、「わずかでもいいから何かしろ、何もないのは許されないぞ」ということを、柔らかく言う表現なのではないでしょうか。ひねくれた私の耳には、「とにかく体裁だけは取り繕え」といった風にも聞こえてしまいます。

こういうよく分からない枕詞を、安易に使わない大人になりたいな。

noteでもマンガを公開しています。ブログにアップしているものと同じですが、noteで「投げ銭」(寄付による作者サポートのようなもの)をして頂いた方は、追加のおまけマンガも読むことができます。よろしければどうぞ!
幼稚園で働いたときの話①|Yuki|note(ノート)
スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
レクタングル(大)広告

★この記事をシェア

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

★Yukiをフォローする