ブログ移転のお知らせ&沖縄に移住しました

前回の更新からだいぶ間が空いてしまいましたが、実はブログも、私自身も引っ越しをしておりました。

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はてなブログからWordPressへ

これまではてなブログを利用していましたが、このたびWordPressに移行しました

実は当ブログは当初WordPressで開始したのですが、その後はてなブログに移行し、ここ2年ほどの間はてなを利用していました。つまり開始当初のWordPressに戻ってきた形になります。

「WordPress → はてなブログ → WordPress」という変遷をたどった経緯については、そのうち記事にするかもしれません。

2017年4月、沖縄に引っ越しました

さらに、ブログだけでなく私自身も引っ越しをしました。4月初めから沖縄県浦添(うらそえ)市で暮らし始めています!

一体なぜいきなり沖縄へ移住することになったのか。

それを説明するために、まずはこれまでの私についてお話させてください。

半年ごとに会社員と自由の身を繰り返した2年間

2年前、私は大学院の博士課程を中退して新卒として就職活動し、SEとして地元のIT企業に入社しました。

しかしお金を稼いでも使う時間がなかなか取れない先輩社員たちを見て、SEとして働き続ける将来に疑問を持ち、また自分のこの仕事への適性のなさも無視できなくなって、入社半年後、会社を退職しました。

新卒入社後、半年で会社を辞めました(前編)
このたび、新卒で入った会社を約半年で退職しました。長くなってしまったので前・中・後編に分けて、経緯を書きたいと思います。本記事は前編となりま...

大学院を出てそれなりの年齢になっている状態で、半年しか会社員経験がない状態で退職することには大きな不安がありました。また、当時の貯金は20~30万円しかなく、数か月で生活できなくなることは目に見えていました。

それでも退職に踏み切れたのは、学生時代からの彼氏が私の悩みようを心配して「とにかく早く仕事をやめるべき」と言ってくれ、退職後の私と同居するために自分の家まで引き払ってくれたからでした。

彼は私の住むマンションの近くで一人暮らしをしていたのですが、私が経済的な不安から仕事をやめられずにいるのを見て、「だったら生活コストを下げるために一緒に住もう」と、自分が借りていた部屋を解約してしまったのです。

そこまでしてくれた彼の想いに背中を押され、私は会社をやめて、無職で職探し中の私と会社員の彼との二人暮らしが始まりました。

その後、地道に就職活動を続けた結果、ちょうど半年がたった頃に次の仕事に就くことができました。

二つ目の職場は幼稚園でした。保育や幼児教育は全くの未経験でしたが、私のITスキルやイラストを描くスキルを買われて雇ってもらえたようです。

仕事自体は楽しい部分もあったのですが、園側と私のマインドがあまりにも違い過ぎたことで、日に日に違和感が大きくなりました。

また、面接時に確認したことと話が違ったり、使途に納得のいかない積立金が給与から天引きされているなど、様々な納得できないことがあったため、色々と交渉したりしたものの、退職する結果に。再び半年足らずでの退職となりました。

またしても短期間での退職となってしまったわけですが、逃げるように辞めてしまった1社目と違い、ここではおかしいと思うことをはっきりと主張し、受け入れられないことを受け入れられないと言って辞めることができたので、自分としては大きな成長を感じました。

争い事や自己主張が苦手だった私にとって、あんなふうに本気で他人に対して主張や交渉をした経験は、人生で初めてのことでした。(辞める直前の1か月ほどは、毎日本当にお腹が痛かったです…)

(交渉の一例↓)

「みんなやってるんだからあなたもやって」という、首を絞め合う行為
前回の記事で、退職したことをご報告しました。 その前職であったことです。 苦しみの連鎖を止めるには?...

このようにして再び会社に属さない身となり、思うことがありました。それは、自分にはどうも「会社員」という生き方は向いていないのではないかということです。

日本社会で企業の正社員というと、自分の時間のほとんどを仕事に捧げなければなりません。私にはこれがたまらなく残念でした。

「一日8時間労働」という体になっていますが、働いていた頃の実感としては、仕事のための通勤、仕事のための休養、仕事のための準備などを含めて、月曜日の朝から金曜日の夜までずっと仕事のことしかしていないような感覚でした。そして土曜日に死んだように寝て仕事の疲れを何とか落とし、日曜日に洗濯や買い物などの用事を済ませたと思ったら、あっという間にまた次の週の労働が始まるのです。

「正社員」であることの見返りとして高い給与やボーナスがあるわけですが、それを使う時間やエネルギーが残らない毎日がとても悔しく寂しく、やるせなく感じました。

また、フルタイムのオフィスワーカーだった私はどうしても毎日10時間以上同じ場所で同じ人と過ごすことになり、私にはそれが大変つらいことでした。

そこで私は、過去の記事に書いたように、「食べるため」のライスワークとして正社員以外の形で働き、残りの時間でやりたいことをライフワークとして続けるという生き方を目指してみたいと思いました。

ライフワークとライスワークを分けるということ
やりたいことをして生きていきたいというのは、多くの人の願いです。でも、それがたいてい叶わぬ願いのままであるのは、「やりたいことを仕事にして、...

正社員でなくても何とかなると思えた理由の一つは、私が長い間シェアライフを送ってきたことにありました。学生時代は寮で暮らし、ここしばらくは彼氏との同居をしてきた私は、「自分専用の家を持つ」というこだわりを捨てれば、生きるコストは半減させられるということを学んでいたのです。

意外なほどすぐに在宅ワークライフが実現

そんな思いの中、あるとき参加した福岡市アメリカ領事館主催の無料英会話イベントで、ベンチャー企業で働く女性と出会います。私の状況を話すと、彼女は自分の会社で資料作成などを手伝ってくれる人を探しているとのことで、私のことを上司の方に紹介してもらえることになりました。

そしてその後、上司の方との顔合わせを経て、実際にその会社のお手伝いをさせてもらえることになったのです。メールでやり取りしながら在宅で一日数時間だけ働くことができるという、私には願ってもないような働き方でした。

私がこのような理想の仕事を得ることができた要因としては、以下の3点が大きかったと思います。

  • 「PowerPointやExcelのスキルが高い人を探している」と言われたときに、それらの資格を持っていると即答できたこと。学生時代にMicrosoft Office Specialist (MOS) という資格を取得していました。
  • 私がすでに離職していて時間的な自由度が大きく、「在宅でいいなら働く時間や量は日によってバラバラでもいいし、今日からでも働ける」という、会社にとってとても使いやすい人であったこと。
  • 「仕事をするのに必ずしも出社する必要はない」「スキルさえあれば職歴などは気にしない」といった、開放的なマインドを持つ方々と出会えたこと。

何より、出会いを求めて動き、フレキシブルな働き方に理解のある人が集まりそうな場所に出かけていたことが実を結んだと思います。

この時期は失業保険もまだ受給できない期間だったので、この仕事をいただけて本当にものすごく助かりました。

彼氏、フリーランサーを目指す

このお仕事がひと段落する頃、転機が訪れました。一緒に暮らしていた彼氏が、仕事を辞めることになったのです。

彼も私と同様、これまでに数回の転職を経験していました。

向上心と人並み外れた習得能力を持つ彼は、独学で宅建を取ったりプログラミングを習得したりして、転職のたびに給与面でも労働条件の面でもよりよい会社に移ってきていました。しかしそれでもコントロールできなかったのが、職場における人間関係の問題からくるストレスと、会社員である限り人生の時間が奪われ続けるということでした。

実は彼も数年前からブログを運営していました。私よりも少し後に始めたのですが、彼の方がずっとうまくいっていて、働きながら平日の夜と週末だけの作業で数万円、多い月で10万円近い収入をブログから得られるようになっていました。

会社員生活で疲弊していた彼は、このまま会社員を続けるより、退職してブログの運営やプログラミングスキルを活かした活動によって生きることに挑戦してみたいということでした。私は二つ返事で受け入れました。

彼がその道でやっていけるかどうかは分からないし、うまくいくとしてもまだまだ相当時間がかかるだろうとは思いました。それでも、長年の会社員生活で身体も心も疲れ果てている彼にいま必要なのは、とにかくいったん休ませること、そしてやりたいことをやれるまとまった時間を過ごすことだと思いました。

それは、かつて私が仕事で疲れきったときに彼が与えてくれたことでした。

沖縄へ

とはいえ、その時点で彼の副業収入は月に数万円のみ。私に至っては仕事の切れ目だったこともあって月1万円にも満たず、ようやく支給開始した失業手当で生活している状態でした。

私は母校の大学の事務職員に応募した結果、運よく採用されたものの、今まで通り家賃などの生活費を払っていけるのか、私たちは自信が持てませんでした。

そこで彼から、二人で彼の実家に移り住むことを提案されたのです。彼のお母さんが一人で暮らす実家は、沖縄県浦添市にありました。

私にはもともと地方への移住願望などはなく、便利で快適な福岡での生活をとても気に入っていて、できればずっと福岡で暮らしたいと思っていました。

でもこのとき、沖縄に行くべきだという気がしました。福岡での生活は9年目になっていて、私も彼も、新しい場所に行くべきだと感じていたのです。

沖縄移住には不安もありましたが、ワクワクドキドキしました。不安もワクワクもない「現状維持」よりは、不安があってもワクワクする方、変化する方を選ばなければいけない―。そういう直感から、移住を決心しました。

私はいただいていた内定を辞退し、彼は年度末で会社を辞めて、二人揃って仕事はないまま、4月から沖縄での生活がスタートしました。

これからのこと

那覇市内。

今後は、沖縄在住ならではの情報発信も積極的にしていきたいと思います。

また、私の一番好きなことは絵を描くことなので、少しずつでもそれを活かしていけたらと思っています。私のポートフォリオはこちら。イラスト制作なら、ぜひご相談ください。

ちゃっかり欲しいものリストも載せてみる。

これからどうなるかは全くわかりませんが、自分がどんな人生を歩むのか楽しみです。

ということで、今後は沖縄から色々発信していきます。どうぞよろしくお願いします!

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