人はプロだと名乗ってから、プロになる

あなたは、初めて知り合った人に「あなたは何をしているのですか」と聞かれたら、何と答えますか?「学生」でしょうか、職業でしょうか。自分の大好きなことを答えることができる人は、どれくらいいるのでしょう。

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アーティストを名乗るには、アートで食べてなきゃいけないの?

私は色々な人のブログを読むのが大好きなのですが、毎日チェックするブログの一つが、ドイツのベルリン在住の日本人女性・wasabiさんのブログです。

wasabiさんは新卒でいきなり海外に飛び出し、フリーランスの翻訳家/ライターとして活躍されている方。その卓越した行動力と親しみやすい文章は多くの人の心を惹きつけ、2015年1月に開始されたブログは、今や人気ブログとなっています。

あるとき私は、wasabiさんのブログ記事で下記の文章を読んで、大いに感銘を受けました。

私の周りの友達は大学在学中から自分の興味のある会社にインターンシップをしたり、自分の好きなこと(アートや音楽)を思いっきり楽しんでいる人達ばかりでした。

私はアーティストの友達が多かったのですが、その多くはアートや音楽だけで生計を立てているわけではありませんでした。それでも自分はアーティストであると名乗り、制作しているときが一番楽しいと言う彼らをみて衝撃を受けたのを覚えています。

なぜならそのときの私は仕事でしか自己実現ができないものだと思い込んでいたし、実質的に生計を立てている仕事こそが「名乗るべき肩書き」だと思っていたからです。しかし彼らを見ていると、食べていくために稼ぐ方法が例えアート以外であったとしても自分のやりたいことは「アート」であり、表現していくことに人生の意義を見出しているように見えました。

どうも、1年半ベジタリアンをしているwasabi( wasabi_nomadik)です。 突然ですが皆さんは、お肉好きですか? 今でこそ肉や魚を食べませんが、かくいう私もお肉大好きでした。 そんな昔の私を知っている人は、…

日本では多くの人が、「それで生計を立てていないと仕事とは呼べないし、肩書きとして名乗れない」と考えていると思います。

しかもそれだけではなく、日本ではさらに「フルタイムの正社員としてその仕事に従事しているか」ということも、「仕事」の条件とされます。

例えば、「朝はホテルのスタッフ、昼はコールセンター勤務、夜は飲食店のキッチンでバイトをしていて、空いた時間で針金アートを製作している」という人がいるとします。(こんな人がいたら絶対友達になりたい)

この人が誰かから「君、何してるの?」と聞かれたら、本来、「ホテルマンです」とか「オペレーター」「サポートスタッフ」「料理人」などと答えてもいいのだし、「アーティスト」「針金造形作家」と名乗ったっていいはずなのです。

でも、日本ではこういう場合、多くの人が「フリーターです」と答えます。

ホテルやコールセンターや飲食店で働き、そこからの収入で生計を立てていても、「フルタイムの正社員」でなければ肩書きとして認められにくいのです。

結果、その人を表す言葉は「フリーター」という、なんだか掴みどころのないものにされてしまいます。この奇妙な和製英語は、「非正規職で生計を立てている人」という、大して重要ではない情報しか伝えてくれません。

自分の肩書きを会社に決めてもらう人たち、自分で決める人たち

でも、wasabiさんが報告されたドイツでの状況のように、自称する肩書きは「歌手でありたい」と思う人なら歌手でいいし、趣味でギターを弾いてるなら「ギタリスト」って言っちゃうみたいな、そんな社会だったら楽しそうじゃありませんか?

自分が何者であるかは自分で決めるという、考えてみれば当たり前のようなこと。

日本で「○○メーカーの販促担当です」「○○社の総務です」と自己紹介する人は、自分が何者であるかを会社に決めてもらっていることになります。もちろんそれこそが情熱を傾けている仕事で、自分自身の肩書きだという人もいるかもしれませんが。

私もフリーランサーです

数か月前に会社をやめるまで、私もwasabiさんのような生き生きとしたフリーランサーになりたくて、「フリーランスになるには、一体どうしたらいいんだろう?」って考えていました。

でも一番早い方法は、すごく簡単で、フリーになるには今すぐ会社をやめて「私はフリーランサーです」と宣言すればいいのです。

だから、もう会社をやめたし、私はフリーランサーです(笑)

このブログから発生する収益も、まだほんのわずかですが、得られた時は初任給の20万円よりずっとずっと、嬉しかったです。

宣言したとき、プロになる

その活動によって収益が上がっていなくても、「ギタリストです」「絵描きです」「翻訳者です」とどんどん言っていいと思います。

翻訳の仕事は、「翻訳者になりたいと思ってるんです」という人のところには来ない。「翻訳者です」と言って手を挙げた人のところに来るのでしょう。

リーダーシップ開発・組織開発の専門家である増田弥生さんは、ご自身がアメリカで、苦手な英語に苦労したときに身に付けた「プロフェッショナル」に対する考え方について、下記のように書かれています。

あるとき、英語ができないことを言い訳にしている自分がとても恥ずかしいと思えてきたのです。(中略)私自身が、自分の英語が十分でないからといって、ぐずぐずと自分を半人前扱いしていていいのだろうか。

(中略)思えば、その日、私は「自分はプロです」と宣言したのです。誰かに公言したのではありません。私は今のままで大丈夫、ありのままでOKなのだから、プロらしく仕事をしなくてはならないと、自分に対して宣言しました。

そうすると、次の日から、世界がはっきり変わって見えるようになったのをおぼえています。周囲の人たちが私に一目置いてくれ、プロ扱いしてくれるように見えました。これは錯覚でも何でもなくて、私が変わったからだと思うのです。

こう説明すれば、もっとわかりやすいかもしれません。子供は何歳になったら大人になるのでしょうか。(中略)間違いなく言えるのは、子どもが「自分は今日から大人です」と宣言し、責任をもって振る舞い、世の中に貢献すれば、社会はその人を大人として見るということです。

義務教育を終えたばかりの一六歳でも、本人が社会人としての自覚をもって行動すれば、世間はその人を大人として扱います。二〇歳を過ぎていても「自分はまだ子ども」と思って甘えている人を、世間は大人としては扱いません。

誇れる実績もないうちにプロを自称するのはおこがましいようで気が引けるけれど、謙虚さとは自身を過小評価することとは違います。謙虚さはプロ意識と合わせて持つべきだと思います。思い思いにやりたいことを肩書きとして名乗って、色んなことに挑戦して、行きたい方に行ってみたらいいと思うのです。

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