「枕の下の銃だけが増えていった」―堤未果著『社会の真実の見つけかた』を読んで

堤未果著『社会の真実の見つけかた』を読みました。

著者の堤未果さんはアメリカで9・11同時多発テロに遭遇。以降、ジャーナリストとして、メディアの実態について日米で取材を続けている人物です。

本書には、9・11直後のアメリカが戦争へと突き進んでいく様子や、人々が「見えない敵」への恐怖心からこぞって銃を買い、身を守ろうとする様子が書かれています。

取材対象の一人、テロ発生当時15歳だったカリフォルニア州のジュリアさんは、テロの翌日に父親が家族の人数分の銃と弾丸を買ってきたと話します。

父親に不安を訴え、銃をもう一丁買ってもらった。するとそれを見た母親が同じように脅え出し、結局家族全員が枕の下に銃を二丁ずつ入れることになった。

父親の指導の下で、いざとなったら両方の手で銃を持てるように、毎晩食事の後に構え方を教えられ、みなで練習をした。

メディアは人々の恐怖を煽る情報を流し、銃と星条旗の売上が伸びてゆく。

そんな中、テレビが流すのは「テロリストたちは狂った考え方の持ち主で話が通じず、いつまたテロを起こすかわからない」といったことばかりで、敵の実態は一向にわからず、恐怖が拡大していったと言います。

ジュリアの家にはすみずみまでしみわたる恐怖と、枕の下の銃だけが増えていった。

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安心のため、のはずが…

今では多くの日本人にとって、アメリカはおそらく心理的に最も馴染みのある外国で、様々な情報が入ってきます。

けれど、”銃社会・アメリカ” に関する情報には、あまり触れることがありません。

本書を読んで私は、皆が銃を持っているのが当たり前な社会とは、なんて不安な社会だろうと、背筋が寒くなりました。

不安だから、安心するために、銃を用意する。

けれど、それは安心とは程遠い状態のように思えます。

まるでみんなが銃を向けあっていて、誰も最初に下ろすことができないようです。

私は日本社会に暮らしていて、いろいろな点で居心地の悪さを感じることがあるけれど、「銃が市民社会に浸透していない」ということは、間違いなく良い点だと感じます。

たまに「一刻も早くアメリカでも銃を禁止にするべきだ」という意見を聞くと、反対ではないのですが、

武装解除への最初の一歩をどこから、どのような形で始めるか、ということは途方もなく難しい問題に思えて、ただただ問題の根深さを感じてしまいます。

みんなが銃を構えてしまったら、たとえ一人ひとりが嫌になっても、もう下ろすことはできない。

想像すると怖いのは、そのような銃を向け合う状態が、世界中に広がってしまったら…ということ。

もしも誰かが引き金を引いてしまったら、どうなるのでしょう?

一斉に、全員が銃を撃つんじゃないか。

そうなったら、全員が倒れてしまいます。

どうしたら、みんなで銃を下ろすことができるのでしょうか。

未来は、どの国の人も、枕の下には本でも置いて寝られる世界であってほしいです。

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